写真企画 さみしくない点
「さみしくない点」は、インターネットの深海に溺れながらひとりで音楽を作るわたしが、あなたに会って写真を撮る企画です。
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2021年12月中旬
さみしくない点を動かしはじめた。ステートメントを公開してから数時間はドキドキしながらiPhoneを握りしめていたが、わたしの中に密かにあった「どんどん撮影依頼の連絡が来たらどうしよう」というのは恥ずかしいくらいの思い上がりだった(当たり前です)。わたしの拡散力もフォロワー数もたかが知れている。SNSは数ではない、良い曲は再生数だけでは図れない、と、言い聞かせて何年も経っている。けれど、「自分が『うつくしい』と思う感覚」を真っ直ぐ信じられるほどの自信が、わたしにはない。実際にはいないかもしれない他人の目から、ずっと逃れられないでいる。
企画、やれるだろうか…と、早くも心を折りかけていたら、1通、DMが届いた。以前、中野で一緒にお酒を飲んだ、たなさんからだった。
わたしはひとりでお酒を飲んでいて、たなさんはお友達とお二人でいらっしゃって、わたしたちはたまたまカウンターで並んで座る形になった。酔っ払うとよくしゃべってしまうわたしは、かわいいたなさんとかわいいお友達と、おしゃべりをしながらたのしくお酒を飲ませていただいた。その日は、話の流れでインスタグラムだけ交換して、深夜1時か2時か3時くらいに別れた。
その日以降、時折流れてくるたなさんや、そのお友達のインスタグラムのストーリーを眺めながら、「また会えたらいいな」と思っていた。お二人ともニコニコわたしの話を聞いてくれて、結構酔っ払っていたので何の話をしたのかはよく覚えていないけれど、通ってきた音楽が似ていたり、かすっていたり、被っていたりしていたことだけは何となく覚えていた。きっと、わたしが年上だからと気を遣わせてしまった瞬間もあったに違いない。申し訳ないことをしたかもしれない。
あの、たなさんだ。
「以前お会いしたたなと申します!」から始まり、わたしの写真や音楽を褒めてくださり、そして、「写真企画もとっても楽しそうですが、私自身が表現活動をやめてしまっているから企画の対象にならないと思います」「またお話したいです」という趣旨の、とても丁寧なDMだった。
めちゃめちゃうれしかった。めちゃめちゃうれしかったので、そのままの勢いで、「ぜひまたお話してください」「企画じゃなくても写真を撮りたいので、機会があれば撮らせてください!」というような、長文のお返事をした。そして、その数時間後、「『機会があれば』の『機会』ってつまりこの写真企画のことなんじゃないのか…?!」と気づいた。
なんてわたしは馬鹿なんだ。
「表現活動をやめてしまっている」ということは、前は何かやっていたってことじゃないか!このアンポンタンめ!慌てて「もしたなさんがよければ、今回の企画でぜひ撮影させてほしいです」と続けて送った。企画の対象にするかしないかは、わたしとあなたの間で決めればいいだけなのだ。わたしにはスポンサーも柵もなにもない。そうしたら、「ぜひお願いします!」というお返事をいただけた。小躍りした。よかった。このままこの企画自体がなんとなくフェードアウトするところだった。たなさんがこの企画を最初の沈没の危機から救ってくれた。
さて、打ち合わせをしなくちゃ。ステートメントには「必要であればビデオ通話を使った打ち合わせをします」と書いたものの、ビデオ通話って苦手だしな…。主催はこちらなのに、またあれこれ考えてぐちゃぐちゃとしていたら、たなさんが「まずはもう一度会ってお話したいです」と言ってくださり、会って簡単に打ち合わせをさせてもらう運びとなった。ありがたい。
2021年12月某日
あっという間に約束の日になった。世間は年の瀬でなんとなくフワフワと浮き足立っている感じがした。もれなくわたしも浮き足立っていた。
この日は新宿西口で待ち合わせをした。東京に住んで何年か経つが、お店のことがなにもわからないので、前日にサクッとググった結果、浅い情報ではあるが、東口より西口のほうがゆっくり話せるような喫茶店が多いような気がした。わたしは方向感覚が欠如しているので、スッとスマートにエスコートできるように、取り乱すことのないように、待ち合わせ時間より少し早めに西口に到着して、付近の喫茶店を予習した。年末ということもあってシャッターを下ろしているお店も多かったけれど、改札からほど近いところに良さそうな喫茶店が2軒ほどあった。ここなら迷わず来られそうだし、ゆっくりできそう。来た道を戻り、西口でたなさんを待つ。
数分後に「着きました、どこにいますか?」というDMをいただく。自分の位置情報や目印を伝えるのが得意ではないため「JR新宿の西改札を出たところにいます」「小田急のほうに立っています」という意味不明なお返事を送ってしまい、混乱させてしまった(と思います、すみません)。
こんなにたくさん人が行き交う中で、ものすごい人出で、ちゃんと会えるだろうか。
ドキドキしながら、たなさんを探していたら、少し離れた場所にわたしの後ろ側から向こう側へ小走りで駆けてゆくひとが見えて、咄嗟に「ああ、あのひとだ!」と思った。
暗めのお店で隣に座ってお話したことしかないのに、しかも酔っていたのに。
この人混みの中で、すぐにたなさんだとわかった。興奮した。大きい声を出すのが苦手なので、慌ててインスタグラムを立ち上げて「黒いジャケットに白いスカートですか?」とDMを送る。わたしがたなさんだと踏んだあのひとは、すぐにスマホを見てなにか操作している。間違いない、あのひとだ。確信する。お返事を確認する前に、数十メートル先で立ち止まっているたなさんのほうへ大股でズンズン進む。そして「お久しぶりです!」と声をかけた。そのひとはわたしのほうへ振り返り「わー!お久しぶりですー!」と言った。たなさん!会えた!
事前に予習して目星をつけていた喫茶店のうちの一つに入り、わたしはレモンタルトとアップルティー(レモンとアップルってどんだけ果物すきなのさ)、たなさんはモンブランとコーヒーを注文した。そして、早速打ち合わせという名のフリートークを始めた。
「表現活動をやめられたってことでしたけど、前はなにをされていたんですか?」
「写真を撮っていました」
「しゃ、写真!」
写真と聞いて、わたしの情けないちゃちな心はすぐさまポテトチップスのようにパリパリと砕けていった。
「ライブ写真を撮ったり、ポートレートを撮ったり、」
「ははあー…そうでしたかあ」
わたしは心根がダサい人間なので、自分より詳しそうなひと/詳しいひと、できそうなひと/できるひと、うまそうなひと/うまいひと、そういうひとを前にするととにかくビビって萎縮してしまう。しかし、この写真企画はわたしの企画なのだ。ポテトチップスの心でも、やるしかない。
たなさんは東京育ちで、高校生のころからアルバイトをし、古着を買い、ライブハウスに通われていたという。すごい。わたしが高校生のころと言えば、BUMP OF CHICKENのすきな曲だけ集めたMDをききながら古びたJRに乗り「そこから江別市です」という立地の、札幌の外れにある冴えない高校に通っていた。当時のわたしの世界はとても小さく、狭く、息苦しいものだった。それに比べて、たなさんの高校生活は、なんて大きくて、広い世界の話なんだろうと思った。
「高校生のときにすきだったバンドが今どんどん解散していて、ほんとに青春終わったなって感じがしてます」
「さみしいですね、なんか、あっという間に歳とっちゃいますよね」
たなさんは「バンドマンと付き合いたいと思ってたけど絶対大変だから、付き合わなくていいから、曲にされたいと思ってました」と言った。それはわたしもすごくそう思います。曲にされたい。
音楽のほかには、野球がお好きなこと、ジャニーズがお好きなこと、最近はクリープハイプのナイトオンザプラネットが良くてずっときいていること(わたしもだ)、クリープハイプでいちばんきいたアルバムは「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」なこと(わたしもだ)。けれど、好きなものに対して熱がすごく入る時期と冷める時期とがあること。
勇気を出して「なんで写真やめちゃったんですか」と聞いてみた。
「社会人になって、時間が取れなくなって」
そうか、そりゃそうか、そりゃそうだよな。わたしはうっすい仕事を転々として自分の食い扶持だけなんとか確保するための小銭を稼いで趣味に全フリした人生を選んだけれど、ちゃんとお仕事をしているひとはお仕事をしているんだよなあ。
「でも会社と家の往復しかしてなくて、また写真やりたいなと思ってて」
「そうだったんですね」
「写真はやっていたんですけど、あんまり撮られ慣れてなくて…」
「ああ!そこは!わたしも撮り慣れてないので、もうほんと気軽な感じでお願いします!」
「ちゃんと撮れなかったらごめんなさい」と予防線を張りまくるわたし、ダサい、カッコ悪い。「ちゃんと撮ります」って言えるようになりたいなあ。
そして、場所をどうするか決める段になり、「昭和記念公園で撮りたい」と希望したら「いいですね!」と快諾してくれた。が、「公園で撮るなら、ひとつお伝えしたいことがあって、」と続けられ、何を打ち明けられるのだろう…?!と思ったら、「実は、鳩が苦手で」と言われた。
「は、鳩ですか」
「はい、鳩が苦手なんです」
拍子抜けした。鳩ですか。鳩でしたか。わたしは鳩に対して特別なきもちは全くないので「鳩なら、わたしが追い払います」と言った。こうして場所は昭和記念公園に決定した。
こんな調子で、2時間か3時間くらいいろいろとお話させていただいて、その日はお開きとなった。喫茶店を出て(とてもいいお店だった、また行きたい)、メトロの出入り口のそばで、「良いお年を」と言い合って別れた。
2022年1月某日
新宿での打ち合わせから数日後。年も明けて、いよいよ撮影当日、張り切って買ったポートラ400やら、予備の写ルンですやら、フィルムで自信がなくなったときのための保険のミラーレスやら、バッテリーやら電池やら、あれもこれもとクソデカいリュックに詰めて家を出た。
この猫は家を出て3分くらいのところにいて撮ってしまいました
20分か30分くらい中央線に揺られて、初めて立川駅で降りた。電車を降りて、改札を抜けたら、あまりの人の多さにびっくりした。
「乗り換えで迷ってしまい、37分着になりそうです」とご連絡をいただいて、わたしは改札を出てすぐのニューデイズの横の、あの壁画ゾーン沿いに立って、たなさんを待ちながら、広い構内をあっちからこっちへ、こっちからあっちへ行き交う人々を眺めていた。「待ち合わせをする」という行動自体が久々だったのでなんだかそわそわした。ご連絡通り、37分を過ぎたころにたなさんは小走りで現れた。「あけましておめでとうございます〜」と言い合い、「じゃあ、行きましょうか」と歩き出す。
「昭和記念公園ってどっちですかね?こっちですかね?」
「たぶんこっちだと思います」
「ああ、なんか地図見させてしまってすみません!」
「いえいえ!こっち渡りましょう!」
てっきり井の頭公園のように、人の流れに乗っていけば辿り着けると思っていたが違った。たなさんはせっせと地図アプリを見ながらナビをしてくれた。駅から10分弱歩いて、公園の入り口前に着く。連休の中日なのもあるせいか、入り口前の広場では家族連れが大勢いらして、ボール遊びやピクニックに興じていた。立川駅の駅ビルやロータリーは人混みがすごかったけれど、公園は想像していたよりずっと広くて、人はたくさんいたけれどそこまでごみごみしている感じもなく「これはいいですねえ!広いですねえ!」とテンションが上がった。
あけぼの口から公園内に入り、しばらく歩くと、道が開けて、大きな池にぶち当たった。どちらからともなく「わあー!」と小さく歓声を上げながら、そのまま迷うことなく真っ直ぐ進んで「眺めのテラス」というデッキのようなところで、池や、池でボートを漕ぐ人々を眺めた。
「わたし、ボートって乗ったことないかもしれないです」
「えー!わたし、井の頭公園のボート乗ったことあります」
「そうなんですね!いいなあ」
「友だちと二人で乗りました!」
今日、わたしたちボート乗るかな?、乗らないかな?、乗らないよな、とか考えていたら、池には手漕ぎボート(屋根なし)に乗る人たちと、足漕ぎボート(屋根あり)に乗る人たちが池上で交通事故を起こしかけていた。たなさんもボートを眺めながら、「あの、屋根がない、手で漕ぐボートって怖いですよね」と言った。
「怖いです!絶対に怖い!」
「屋根があるほうならまだいいですけど…」
「足で漕ぐやつはハンドルありますよね」
「ありますあります」
「ハンドルがあれば舵取れそうだけど…手のやつは難しそう…」
しばらく池を眺めて、わたしたちはボートには乗らなかった。
乗りませんか?と誘えなかったことを、今、少しだけ後悔している。
そのまま池に沿って歩き出すと、意外と池は浅いことがわかった。
「池、浅いですね!」
「これなら転覆しても大丈夫ですね!」
池に浮かぶたくさんの鴨たちと、池で泳ぐ無数の黒い鯉が視界に入った。近くには、小さい女の子がお父さんに連れられて、池に向かって餌をぶんぶんぶんぶん投げ入れていた。餌に飛びついてバシャバシャと飛沫を立てる鴨を見て、たなさんに「鴨は平気ですか?」と聞いたら、「鴨は平気です」と。鳥全般苦手だが、鳩は足のところが特にダメで、鴨の足はまだ平気な足らしい。なんか、わかるかも。
たなさんは去年の春ごろ転職をしたばかりで、同じ時期に当時お付き合いをされていた恋人ともお別れをしてしまったという。
お仕事はすごく大変そうで、近ごろはずっと残業続きで、上司の方もかなり厳しめで、しかも、転職してからまだ1年も経っていないのに重要なポジションにつくことになり、休日にもお仕事の連絡が来ることがあるらしい。無責任なわたしは安易に「えー!そんな大変な会社辞めちゃえばいいのにー!」と思ってしまったが、たなさんはお仕事もがんばっていきたいという気持ちもある、と言っていた。そういう気持ちがあるのって超かっこいいなあ、と思った。わたしの周りには、わたしを含め、会社勤めをしているひとで「仕事をがんばりたい」という気持ちがあるひとがあんまりいない感じで、むしろ定職に就いていないひとも多くて(それが良いとか悪いとかは各々が決めることだけれど)、「無理はしないでくださいね」とか「心身の健康が一番ですからね」とか、ありきたりなことしか言えなかった。
わたしたちは、家族連れやわんちゃん連れや恋人たちとすれ違ったり、追い越したり、横に並んで歩いたり、縦に並んで歩いたり、少し離れて写真を撮ったりしながら、どんどん歩いた。
お仕事のことのほかにも、お別れしてしまった恋人のことや、恋愛のこともたくさんお話していただいて、ここに、そのことをパチパチと書いていたが、「はて、これはお下劣な週刊誌やネットニュースとどう違うのかな?」と思って、全部消した。いつもは主に自分だけの世界の話を好き勝手にすきなことを書いているので、こういう、相手があって初めて成立していることを書くのってすごく難しいな…鍛錬鍛練。
たなさん、わたしは、お仕事もプライベートも、たなさんが思い描くものになっていったらいいなと思います。たぶん、いろんなひとから似たようなことを言われていると思うけれど、たなさんはとても魅力のあるひとだから、きっと素敵なひとにたくさん出会って、その中のだれかときっと素敵な恋をすると思います。そのときに、またお話を聞けたら、そして、もし許してくれるなら、わたしは、そのことをこねこねして曲にしたいです。
もしくは、そういう恋に落ちるようなひととの出会いがなかったとしたら、わたしにはたぶん紹介できるひととかはいなくてごめんなさいなんですけど、今度はお花がたくさん咲いている季節に、ぜひまた一緒にお散歩してください。そして、水辺とボートのある場所へ行くチャンスがあったら、次は絶対に「ボートに乗りませんか?」と誘いたいです。
方向感覚皆無人間のわたしは、やっぱりたなさんに園内の地図をずーっと読ませて、正しい道を選んでもらって、想像の100倍は広かった昭和記念公園をぐるっと1周した。1周できた。よく歩いた。歩数計のアプリを見たら、20000歩くらい歩いていた。よく歩いた。ほんとうによく歩きましたね、わたしたち。
でも、広い公園の中で、鳩には出会わなかった。一羽たりともわたしたちの前には現れなかった。わたしが華麗に鳩を追い払うところをお見せするチャンスはなかった。
写真企画 さみしくない点
#1 これから先、鳩を見かけるたびに思い出すひと
- - - - - - - - - - -会ったひと:たな(フォトグラファー)
インスタグラム / @tnhs___311
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写真・文:ヨシオカミノリ
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