来月、初めて深夜バスに乗ることになった。
わたしは水曜どうでしょうをあいしている者たちのうちのひとりのため、憧れの、そして同時に恐怖の深夜バスである。サイコロを拝見するに、やられることは確実なのだが、早朝にバスが到着後そのまま動き回る予定なので、少しでも気力・体力を温存したいと思い、だいすきなインターネットで先人たちの知恵を検索した。まずは締めつけの少ない楽な服装で乗車するのが大前提のようだった(確かに洋ちゃんもミスターもジャージのことを「勝負服」と言っていた)。ちょうどマルコの期間でマルイがセールをやっていて、なにか手頃なジャージはないかと毎日毎日マルイウェブチャネルを眺めていたが、好みのものが売っていなかった。メルカリやAmazonも眺めてみたが、いまいちピンと来るものがなかった。信仰の理由から某ECサイトで買い物をすることはしたくなかったのだが、あきらめてそのECサイトを眺めていたら、良さげなジャージがあって、散々悩んだ末に1000円引きのクーポンも出ていて、あきらめてそこで買うことにした。貧しいというのはつらい。そして、「どうせ買うなら」と気が大きくなって、ずっと探していたダナーのレインシューズと、スターウォーズのハンケチも買った。
数日後、ジャージとレインシューズとハンケチが届いた。わたしがハンケチと思い込んでいたものはハンケチとは言い難い大きさで、どちらかといえば不思議なサイズのタオルだった。クソッ!やられた!しかし今回のお買い物の本命はジャージである。ハンケチの話はいつかする機会があったらにすることにする。ちなみにダナーのレインシューズは最高で良い買いものでした。ショート丈だから暴風雨には対応できないと思うけれど、普通の雨の日ならば快適に歩けるようになってうれしい。
ジャージについては、わたしは足がむくみやすいのもあり、トラックパンツのような足首の詰まった細めのデザインは避けたかったので、ワイドパンツのようなゆるいシルエットのジャージを買った。部屋でいそいそと試着してみたら、かなり裾が長かった。かなりというか、とても長かった。とジャージのせいにしてしまったが、わたしの脚はわたしが考えていたよりずいぶんと短かった。ウエストを2折り程度すれば解決する長さなのだが、そうすると左右についているポケットが使えなくなってしまう。返品するのにも送料がかかるし、どうしたものかと考えて、裾上げをすることにした。人生で初めての裾上げである。ケンゴマツモト氏に憧れて(体型は全く違うのに)スキニーを好んで履いていたころは多少裾が余ってもなんとなく足首の辺りでくしゅくしゅとさせてコンバースのハイカットと合わせていた。それがかっこいいと思っていた。そして、スキニー時代を終えて、ストレートやテーパードやチノパンを履くようになり、わたしはロールアップ全盛期へと突入した。今もそれは続いている。なんでもロールアップしている。ロールアップはかわいい。職の場ではオフィスカジュアルを求められているため、仕事の際の服はロールアップをあきらめてユニクロのスマートアンクルパンツをコーディネートのメインに据えているが、奇跡的にちょうどいい丈だったのでお直しをせず既製品をそのまま履いている。
そんなわけで、初めての裾上げチャレンジである。
最初はマルイの中に入っているお直し屋さんにお願いしようと思っていたのだが、ずっと混んでいた。店員さんは2名体制で、わたしは足元の「こちらでお待ちください」マークに沿って並んで待っていたが、わたしより後にお店にきたひとが、わたしを抜かして店内へ入り、店員さんとあれこれ相談し始めたという点がひっかかり、それに店員さんが全く何も注意的なものをしてくれないのもなんだか腑に落ちず、いつまで経ってもわたしの番は回ってこなさそうだった。不信感が心の中に広がって、結局わたしはそのお直し屋さんにお願いするのを辞めることにして、別のお直し屋さんへ行くことにした。
帰り道に、老舗っぽいお直し屋さんがあるのを思い出して、そちらのお店に行ってみることにした。チェーン店ではないお店に入るのってめちゃくちゃ緊張する。「もし勇気が出なくてお店に入れなかったら、あきらめてウエストを2回折って履けばいい」と呪文のように唱えて、お店に向かった。
そして、お店に入ることには成功した。店主らしき方がひとりでいらして「いらっしゃいませ、どうされましたか」とすぐに声をかけてくれた。店内に置かれたお直しのお品物を見る限り、スーツやスラックス等をメインで取り扱われているようで、しかも「超有名俳優のオーダースーツを当店で作りました」的なポップとその超有名俳優が試着しているお写真も飾られていて、わたしの「ジャージの裾上げ」というのはかなり場違いというか、おかしなオーダーなのではないかと胸のあたりがキュッとした。が、ここまで来てしまって引き返す勇気もわたしにはない。わたしの心は蟻のサイズ。
「すみません、ジャージの裾上げってできますか?」
「ジャージ!?」
店主の方はやはり少し怪訝そうな顔をした。
「ジャージって、裾がゴムになっているようなやつ?」
「いえ、ゴムにはなってなくて」
わたしはトートバッグからジャージを取り出して見せた。
「ああ、なるほど、今はこういうデザインのジャージもあるのね、ずいぶん太めのデザインだね、こういうの流行っているの?」
流行っているのかどうかはわからなかったので、正直に、「実は初めて深夜バスに乗ることになって、楽な服装で行きたくて…」と購入の経緯を説明した。
「で、どれくらい裾上げする?」
「ええと、ウエストを2回折ったくらいでちょうど良かったので、7センチか8センチくらいですかね」
店主の方はささっとウエストの部分を直角のかっこいい定規みたいなやつで測りながら「うんうん、8センチくらいね、8センチつめでいいのね」と言った。
「これ、結構ワイドなデザインだからお値段ちょっと高くなるけど大丈夫?」
「おいくらくらいでしょうか」
提示された金額は予想していた金額の3倍くらいしたが、短時間のやりとりではあれど店主の方のお人柄がすごく素敵だなと思ったのと、お断りする気力も、これ以上お直し屋さんをはしごする体力もなかったので、そのままその金額でお願いすることにした。
1週間で仕上げてくれるとのことだったのだが、その翌日くらいから体調を崩し気味でもう1週間はとうに経っているのだがまだ取りに行けていない。早く取りに行かなきゃ。
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1週間で仕上げてくれるというのに、わたしは情けないほどに体調を崩し、ずっと家にいた。なにもすることができず、寝たり、泣いたり、寝たり、泣いたり、プライムビデオで配信されている劇場版ドラえもんをぼんやり見たり、を繰り返していた。少しだけ外出する元気が出たような気がして、勇気を出して、完成日から数週間後の昨日、やっと取りに行けた。お店についたのは11時40分で、その日は「12時から営業します」と張り紙がしてあって、ああ、微妙な時間に来てしまった、と思いながら、一旦お店の前を通り過ぎ、他の用事(良品週間チャレンジ)を先に済ませることにする。
1000円分だけだぞ、と言い聞かせながら無印に入るも、一瞬で脳みそがバグってお店の中を200周くらいしながら結局4000円分ほどのお買いものをして、ヘロヘロになってしまった。コメダかマックで休憩をしたかったけれどどちらも激混みで、正直このまま真っ直ぐ家に帰りたいきもちでいっぱいだったが、お直し屋さんには絶対に寄らないといけない。今日行けなければ明日またわたしはどうなるかわからない。無印を出てお直し屋さんまで引き返す。
時刻は13時半前くらいで、お店は「OPEN」となっていた。ほっとしながらお店に入り「受取りに来ました」と言いながら薄緑の預かり証を出し、「ああ、『受取りに来るのが遅くなってすみません』と一言言えばよかった」と後悔している間に店主の方はお店の奥へ消え、数秒後にはわたしのジャージを手に戻ってこられた。「こんな感じでどう?」と広げて見せてくださり、ジャージはとても綺麗に仕上げられていて、お願いして良かったと思った。「とても良いです、ありがとうございます」と言った。このときは言いたいと思えたことを言えた。良かった。
「これ随分幅広のデザインよね」「そうなんです」、とお願いしたときと同じ会話をしながらジャージを受け取り、リュックにいそいそと突っ込んで、「ありがとうございました」と改めてご挨拶をして、お店を後にした。
家に帰ってきてジャージを履いたら、ちょうどいい長さだった。初めての裾上げは大成功である。うれしい。良かった。本当に良かった。しかしこれで1000円引きのクーポンを使って買ったもののジャージ本来の価格+お直しの価格で、このジャージは超超超高級ジャージになったのだ。大事に履かなければ。ひとまずこれで深夜バスも怖くない。が、そのほかにも①乗り物酔いが酷い②眠りが浅い③おなかが弱い④初めての場所に行くのが苦手、等々の、数多ある己の弱点をどんどんと思いつき、不安がむくむくと膨らみ心を暗くする。高くても新幹線を取ればよかっただろうか。世の中なんでもお金なんだよな。結局お金なんだよな。お金のことを考えると落ち込む。消費税が19%になったら自殺するしかない。と思いながら、疲れ果てて横になっていたらそのまま寝てしまった。だだっ広い公園でハンモックに揺られていたら、成田凌さんが遊びにきたよ!と言われる夢を見た。ええ、成田凌さんが?!と聞き返したところで目が覚めた。絶望の目覚めだ。せめて成田凌さんに会いたくて、夢の続きを見たくてもう一度目を瞑ったが、既に3時間くらい昼寝をしてしまっていて、もう眠れなかった。わたしは成田凌さんに会えなかった。

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