愛よりたしかなものなんてない

2025/12/31

日記

 ※自殺未遂の話なども書いております


12月に入ってから、デパケン(バルプロ酸?)の処方がなくなった。わたしはデパケンを処方されるようになってからあれよあれよと1年近くで20キロほどお太り倒し、服も指輪も入らなくなり、それがあらたな鬱の原因のひとつにもなり、鬱だからくすりを飲んでいるのに、くすりを飲んで鬱になる、というわけのわからない状態に陥り、参っていたので、デパケンがなくなったことはかなりHAPPYなはずだった。が、1週間ほどで離脱症状がやってきて、ほんのりとした抑うつに心も脳も体も包まれていた。クリスマスの日、ひまだったので高円寺に飲みに行ったのだが、3軒目のバーでかなり嫌な思いをして、酒を飲みすぎたのもあり、朝まで飲むつもりだったのを2時で切り上げて、途中ゲロを吐きながら、タクシーに乗り込んだ。タクシーの運転手さんはやさしく親切で、わたしが少しでもタクシー代を抑えるべく、家の手前の大通りで降りようとしたところ、「こんな丑三つ時に歩いてたら危ないですよ、そのためのタクシーですから家の前まで行きましょう」と言われ、「それもそうか」と思い、家の前まで送ってもらった。「2500円です、お支払いなんでも使えます」と言われ、かなりウケた。「なんでも使えます」ってすごい心強い。財布を出すのがめんどくさくて「クイックペイでお願いします」と伝え、クイックペイ♪して「ありがとうございました」と言い、タクシーを降りる。玄関のドアを開け、家の中に入った途端、希死念慮がいた。わたしは希死念慮を抱きしめ、嗚咽しながらしばらくふたりで泣いた。わたしの脳の特性なのか、"嫌な思い"は時間が経てば経つほどその"嫌"度(いやど)(いやどって言葉ないけど)は色濃くなってゆく。忘れることはない。きみがそんなに言うんなら、と思い立ち、死ぬことにした。久しぶりにODをし、そして、いつか200錠近くのくすりを飲んで昏倒したのちのメンクリにて、「200錠くらい飲んだ程度で死ねるくすりは処方していません」と言われ、絶望したことを思い出し、ほんとうにわたしって忘れられないよね〜と思いながら、適当な縄を探していた。シールドがあったので、シールドを首にぐるぐる巻き、死のうとしたが、吊り下げる箇所が脆弱で、うまくいかなかった。声をあげて泣いているうちに、床で眠っていた。


暗転。


明転。


目が覚めたら、昨日の服のまま(少しゲロもついているし、コートのポケットには道端でついた葉っぱが入っていた)、また、今日のわたしがいた。これまでに自殺未遂は3回か4回やっていて、全部失敗している(失敗しているからこれを書けているわけでもあります)。死ぬのはこわいが、今すぐ死ねるお水がなみなみと注がれたコップが目の前にあれば飲んでしまう気もする。お情緒は不安定だ。


しかしお情緒を少しでも安定させたいきもちはひとよりつよい気がする。数日前に抑うつがひどくて勢いでタトゥーの予約をぶち込んでいた。空きがあってよかった。死ななかったので、シャワーを浴びて、あたらしい服を着て、新宿まで行った。「スタジオの場所がわかりにくいのでバーガーキングの前まで迎えに行きます」とタトゥイストさんに言われ、バーガーキングの前まで行く。新宿の中心から少し外れたところにあるそのバーガーキングはガラガラで、このまま日本から、いや地球から撤退しろ(バーガーキングはBDS運動の対象)と唱えながら、タトゥイストさんが来るのを待つ。5分か10分くらい待ったあと、タトゥイストさんが来てくれて、「今日はありがとうございます」「こちらこそありがとうございます」「寒いですね」「寒いですね」と会話をしながらスタジオへ案内される。確かにスタジオまで複雑な道のりで、ビルの中は迷路のようだったし、わたしは死のうとしていたのにタトゥーをぶち込んでもらうんだな、死のうとしていたのに初対面のひととこんなにしゃべってるんだな、このバランスのとりかたってひょっとして極端すぎるかもしれないな、と思った。


煙草を押し当てた痕が残る左腕に、キラキラの星のような、花火のような、タトゥーをぶち込んでもらう。タトゥーを彫ってもらっているときが世界でいちばんリラックスできる時間のような感覚がした。この時間が永遠につづけばいいのに。しかし当たり前に永遠につづくわけはなく、30分程度でぶち込み完了する。確か春先に入れたポピーのタトゥーの上らへんに、キラキラを散らしてもらい、幸福度が上がる。タトゥイストさんが韓国のかただったので、うれしくて、「わたし韓国語勉強してるんです」「ノムキヨウォヨ〜」「チンチャコマウォヨ〜」とDuolingoと韓国ドラマ・映画で学んだ一言フレーズみたいなものを織り交ぜてしゃべった。タトゥイストさんは「韓国語とても上手!」「わたしは日本語勉強しています」と言ってくれて、癒される時間だった。ファーストタトゥーを入れてもらうのにもおすすめしたいタトゥイストさんでしたので、わたしもまたなにか素敵なモチーフがあればぶち込んでもらいたい、タトゥイストさんを探しているかたいらっしゃればご紹介しますよろぴ


さて、時間軸がだんだん今日に近づいてきました。というのも、さっきまでDTMをしていたのだが、DTMは時間を置く時間も必要で、時間を置く時間を作るために、このブログを書いているってえわけです。たのしく読んでもらっていますか?


タトゥーをぶち込んでもらったあたりから、咳が止まらなくなり、頭痛もしてきて、あとなんか悪寒?ってやつもしてきて、試しに熱を測ったら38度ちょいの大熱があって、ビビる。わたしはこの見た目通り、風邪を引かない。インフルにもかかったことがない。ウケると思いながらインスタグラムのストーリーにあげたら、お友だちから「インフルかもしれないですね…病院行ったほうが◎」とDMが来る。とりあえず、寝て、明日起きても熱があったら考えることにした。


寝て、起きても、熱があった。とりあえず煙草を吸って、今日をどうするか考えることにした。バイトの日だった。お金がほしいが熱があるし、なんか煙草の味がへんだった。じぶんがインフルエンザにかかるなんて考えもしなかったが、煙草の味がへんという理由でバイトは休むことにした。2時間くらい横になって、しんどすぎる気がする、と思って熱を測ったらやっぱり大熱があって、スマホをみるのもしんどい中、年末の土曜日でも診察してくれているクリニックを探し、パジャマにコートを着て、マスクをつけて行った。座っているのもしんどかった。やっとわたしの順番が来て、いろいろ症状を聞かれたのち「インフルの検査しますか?」と聞かれ、「あ、選択制なんだ」と思い、逡巡したのち、「お願いします」と答える。あの、鼻の穴に綿棒をぶち込まれるやつを食らい、数分で「インフルエンザA型ですね」と言われた。かなりウケた。人生初インフルである。この前のタクシー代をクイックペイで支払っておいたおかげで残っておいた現金で診察代を払い、薬局に寄っていろんなくすりを出してもらい、ドラッグストアでポカリと亜ウィダーみたいなゼリーを大量に買って帰る。翌日に約束していた忘年会のキャンセルの連絡を各方面にして周り、美容室の予約もキャンセルする。


2日か3日ほど寝込んだのちに、あっさり回復した。


寝込んでいる間、スマホをほぼみなかったのもよかったのか、あれだけわたしのそばから離れようとしなかった希死念慮も存在感がほぼなくなっていた。ウイルスとともに体から排出されたのか。数ヶ月ぶりに窓を開けて換気をした。冬の空気がやってきていて、まばゆいという曲を1曲咳混じりに歌い切った。そして、「あ〜、死ななくてよかった」と思った。


死ななくてよかった。


今年は、パレスチナ連帯のデモのほかにも、ニューロダイバーシティプライドピクニックにスタッフとして参加したり、馬毛島のトークイベントに足を運んだり、入管法改悪反対アクションに行ったりできて、少しずつ世界が広がったのを感じている。あと、相変わらず本を読むのは遅いけど、ハン・ガンを2冊読めたのもうれしかった。来年の目標も、ひきつづき「生きる」「痩せる」「作る」の3本柱で生かさせていただきます。年明けにはマブダチのひとりにお子が生まれてくる予定で、ほんとうにたのしみにしていて、マブダチとプレゼントを贈る計画もしていて、kanekoayanoの武道館にも行くし、2月にはじぶんのライブもするし、またタトゥーもぶち込んでもらうし、アルバムとしてリリースするための曲も熱心に作っているし、秋ごろ目標に父母と台湾に行く約束もしたし、ちょっとずつ、ちょっとずつ、今日を繰り返して生きていけたらいいなって思う。では、ご精読ありがとうございました。ここまで読んでくれたひとっているのかな?良いお年をお迎えください。Big Love...


ポニョのフィルム写真。


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