※自傷行為の話を書いています。
わたしは過食嘔吐を長いことやめられずにいる。デパケンの処方がなくなって数キロ痩せたものの、「20キロ体重増」というのは、文字通りわたしに"重く"のしかかる。20キロ増のうちの数キロ減なんてほんとうにただの誤差だ。痩せていたころのじぶんを写真や動画でみるとかなり鬱になる。吐きすぎて顔の浮腫みが酷いのも鬱を加速させる一因となっている。
これを書いている直前も、過食嘔吐をしてしまった。ようやく右手人差し指の吐きだこが治ってきたと思っていた矢先、また傷を作った。わたしには、どうにも耐え難い静かすぎる夜があるのだ。
精神科の主治医には何度か相談しているつもりだが「鬱の時期になると過食嘔吐しちゃうのかもね」「そういうリズムなのかもね」と言われるのみで、根本的な解決に至ることなく数年すぎた。勇気を出して「カウンセリングを受けたほうがいいでしょうか」と聞いてみたら、「カウンセリングはとても高いです。ヨシオカさんの場合、そのお金ですきなことをしたほうが良いと思う」と言われ、なんだか納得してしまった。前に通っていたメンクリでは、「投薬でできることは"全て"やっている、カウンセリングを受けてほしい」と言われ、"全て"やられているのか…まあ主治医がそういうなら…と2,3回カウンセリングを受けてみたものの、わたしは全く喋れなかった。何を聞かれているのかわからない。どう答えたらいいのかわからない。考え込み、適切な言葉を探しているうちに、次の質問が飛んできて、また考え込み、適切な言葉を探しているうちに、その次の質問が飛んできて、の繰り返しで、カウンセラーの話すスピードに全くついていけなかった。60分間のセッションで、だいたい7000円か8000円だったと思う(カウンセリングは自立支援はもちろん保険すら適用外)。それが2回か3回。わたしは全ての回で、"喋れない己"を恥ずかしく思い、概ね泣くことしかできなかった。時折「話すのがつらいです」と答えるのみだった。
話がズレた。というわけで、カウンセリングを受けるにも向き・不向きがあるのだということを知った。そのあと、病院を変えて、今の精神科に通っているのだが、わたしはやはり喋るのが苦手で、診察はものの1,2分で終わる。そういうわけで、過食嘔吐がやめられないことについて何度か相談している"つもり"ということになる。
1冊、摂食障害に関する本を買ってみたのだが、なかなか読む気にならず、本棚の中でうずくまっている。過食嘔吐をするために作った借金はもうだれにもおおっぴらに言えないくらいの金額になった。いい加減やめたい。やめられない。やめたい。やめられない。過食嘔吐をすると一時的にこのちっぽけな人生を苦しめている不安の数々から解放されるのだ。漠然とした、あるいは理路整然としたあらゆる不安の山はうず高く、わたしが生きてゆく限り消えないのだと思う。
そして、わたしは右手の人差し指にタトゥーを入れることにした。
突飛に聞こえるかもしれないが、わたしは10代から30代前半まで腕や手首を切ったり、火のついた煙草を腕に押し当てる行為がやめられずにいた。癖のようになっていた。やると、なんとなくスッとする。ためらい傷まみれの腕をみて、タトゥーを入れてみることにした。ファーストタトゥーを入れたばかりのころは、彫ってもらいたての数日は気分が高揚したが、だんだんとじぶんの一部になってゆくタトゥーをみて、「お守りにはできそうにもないな」と落ち込んだけれど、どんどん大小かわいいタトゥーを腕に増やしていくにつれて、"そんなことしたらタトゥーがかわいそうだから"と、切ったり押し当てたりする系の自傷行為はやめられた。
同じ理屈で、右手の人差し指にタトゥーを入れれば過食嘔吐をやめられるのでは?と思い立ち、タトゥイストさんにDMを送り、予約を取り、いよいよ数日後にタトゥーぶち込みが迫っている。
今日の過食嘔吐が人生最後になるように。今日の過食嘔吐が人生最後になるように。
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