空が白みはじめたころ、西武新宿線の始発に飛び乗り、西武新宿駅からバスタまで、まだ地下通路も開いていない時間帯で、雨の中を熱心に歩いた。バスタに着いて、ウズラくん(と呼ぶことにした)が羽田行きのバスに乗り込む直前まで、何度も「良い夜でしたね」「ありがとうございました」「また会いましょう」「次は帯広で」と言い合い、特大のハグと握手をし合った。そして、ウズラくんが乗りこんだバスが見えなくなるまで手を振り見送り(わたしはカネコアヤノフォロワー)、バスが見えなくなると、わたしはまた雨の新宿を歩いて、家まで帰ってきた。さっきまで飲んでいたお茶割りの空き缶が目に入り、「ああ、終わっちゃったんだな」「でも、つづけていくんだな」と思った。
ウズラくんとは、確か2023年の年末から2024年の初めごろにかけて、SNSで奇跡のように巡り合った(実際奇跡だ)。インスタグラムで、「ダレモコロサナイデ」のシールが貼られたギターを弾いている彼の写真が流れてきて、「!!!!」となった。わたしも!そのシール!お財布に貼ってる!!!!YouTubeにライブ映像が上がっているのを見つけて、即拝見した。ギターで弾き語りをされていた。ギターがめっちゃ上手い。音も良い。しっかり展開してゆく曲たちもかなりすきだ。ライブがめちゃくちゃ良いミュージシャンなんだろうなと思った。そして、その日、「わたしはこのひとと共演しよう」と決めた。
人生はかなり短く、やりたいことはすぐにやり、夢は叶えにいかなければいけない。
紆余曲折(わたしが泥酔する折りに「共演しませんか」とDMを送るなど)を経て、今年の初めくらいに、6月7日にいっしょにライブをすることになった。ライブに向けてのくるしい日々がはじまった。準備期間はとてもくるしい。じぶんの曲とひたすら向き合う。これがとてもくるしい。数年前までは、わたしはインターネットの深海にふよふよと漂うミュージシャンとして生きてゆくつもりで、ライブをやろうなんて1ミリも思っていなかった。サブスクに曲をぶち上げて、地球のどこかにいる、たったひとつの孤独ないのちに届けることだけを考えていれば良かった。わたしにとって音楽は概ね祈りだ。うつ病と診断されて、寝込む日々もあったが、それでも作る手は止まらなかった。とにかく作りつづけた。もうわたしは"普通"には働けない。音楽(と写真と文筆)をやるしかない。
しかし、パレスチナのことをきっかけに時折ライブをするようになり、考え込むことが増えた。じぶんの曲がゴミかもしれないと感じるようになったのもこのころからだ。わたしはこうやっていろんなことを消費して、踏んでるんじゃないのか。高市が総理に就任してから、そのきもちはどんどん加速していた。どんなきもちで、なにを歌えばいいのか。そもそもこんなことをやってる場合なのか。
東京でどんどん孤独になっていっていたわたしは、一旦いろんな問題を置いて、帯広に行った。ウズラくん主催のACCEPTという企画を観に行った。クフィーヤの柄の手拭いを譜面台にかけてギターを弾き歌う姿に、心にやさしいさざなみが立った。観に行って正解だった。お打ち上げに混ぜていただき、DJのタカイチ★ヤングさんというかたとウズラくんと政治のことやパレスチナのことを話し、タカイチさんが「こういう夜を作るのもまた抵抗のひとつだから」と言われ、ウズラくんがそれにうんうん頷いている様子を見て、モヤモヤしていたきもちが少し晴れてゆく感じがした。
帯広から東京に帰ってきて、いろんな問題は抱えたままだけど、とにかくできるだけ多くのひとにウズラくんの音楽を聴いてもらいたいというきもちが強くなった。
ちょうど関東の梅雨入りが発表されて、昨日は雨だった。張り切りすぎてmogumoguに早めに着いたわたしは、オレンジジュースを1杯いただき、たばこを吸おうと外に出たら、あの狭い階段をギターを背負って大荷物を抱えて上がってくるウズラくんの姿が見えた。この日が来たのだ、と思った。
雨の中、たくさんのお客さんがいろんなところから来てくれて、しかも多くのかたがオープンから来てくれたのがほんとうにうれしかった(途中から来てくれたかたももちろんありがとう)。ウズラくんのギターの音は今日もかなり良くて、ギターがめちゃくちゃ上手くて、あとベースアンプとギターアンプから音を出されていて、とにかくめちゃくちゃ良くて、この時間が無限につづけばいいのにと思った。じぶんの出番のときのことは正直よく覚えていない。声が思った通りに出て(わたしはなかなか声が思った通りに出ることはない)、とにかくめちゃくちゃたのしかった。『青くてにがい大きな洋燈』の最後の件を歌っているときに、不意に目頭が熱くなって、泣いちゃうかと思ったけど、なんとか泣かずに済んだ。
ゴミじゃなかった。わたしの曲は、ゴミじゃなかった。
mogumoguで数杯お酒をいただいたのち(結局わたしは飲酒をした、1杯めのウーロンハイは至高の味がした)、24時間営業の居酒屋へ向かった。ウズラくんと話したいことが20000個くらいあって、そのうちの3個くらいをやっとクリアした2時すぎくらいに「ラストオーダーです」と言われ、愕然とした。2時間制なんかい!阿佐ヶ谷にはほかに朝までいられるお店も見つけられず(かなりウケた)、タクシーに乗ってうちまで来て、会場BGMのプレイリストをiPhoneから流し、お茶割りを飲みながら、残りの19997個のトピックについて話した。「ちょっとゲロ吐いてきていい?」と聞いたら「どうぞ!」と言われて、もう完全にウズラくんとは友だちになれたと思った。
「老いても音楽にしがみついてやろう」みたいな話をしているうちに、あっという間に始発の時間がやってきた。5時間超にわたってお酒を飲みつづけ、しゃべりつづけたが、ほんとうにあっという間だった。
わたしはアルバムリリースに向けて曲を一生懸命作っているところで、わたしが曲を作るのでウズラくんfeat.でなんかやってくんない?という話はできなかったので、今度会えたときに聞いてみようと思う。
ああ、終わっちゃったんだな。でも、つづけていくんだな。
この奇跡みたいなうつくしい1日をお守りにして、しばらくは生きてやることにする。
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